キュレーション・コンセプト

非同期することばたち Unsynchronized Voices

相馬千秋

すでに3年目に突入したパンデミックは、世界中を「強制同期」し続けている。未知の変異株が出現する度に繰り返されるロックダウン、移動や集会の制限、国境の封鎖。新たに開発されるワクチンと、その供給量や速度をめぐる国家競争。その不均衡が増幅する、さらなる経済格差と生存をめぐる不平等。私たちはこれらに一喜一憂し、右往左往する。全世界を幾重にも覆うパンデミックの波は、人々の振る舞いや身振りを瞬時に書き換えてしまう最強の振付家のようだ。

さらにパンデミックによる「強制同期」は、社会の全体にも細部にもわたる管理を強化している。目に見えないウイルスを目に見える形で管理するため、あらゆる境界線に管理システムが張りめぐらされる。それは巧みに自動化され、即座にクラウド化される。病院や劇場の入り口で、空港の検疫で、私たちは自らの身体に関する情報を無条件に受け渡さなければ、最低限の権利を享受することさえできない。一度国境をまたいだ後の隔離期間には、GPS(グローバル・ポジショニング・システム)によって常に居場所が特定され、AIからの無言電話によって個人を特定する顔認識映像が吸い上げられる。これに同意しない、という選択肢は与えられない。

さらに恐ろしいのは、このようなコロナ全体主義ともいうべき状況の中、人々の内面さえもがいつの間にか「感染拡大防止」「コロナとの戦い」という物語に同期させられ、上書きされ、自動更新させられているという事態だ。それに違和感を覚えたとしても、管理されるオペレーション・システム自体を拒絶するオプションがそもそも与えられていない。ウイルスを管理するという名目で、人間や動物の生体を徹底的に管理していくシステムから、今私たちが自由にあることは不可能に近い。気がつけば自分自身も知らぬまにシステムに操作され、他者の身体管理に加担し、全体主義を強化する一員となってしまう。

こうしたパンデミックがもたらす全体主義に亀裂を入れ、意識的に「非同期する」身振りとはどのようなものだろうか。強制同期の果てに単一の物語にまとめあげられてしまう声や語りを、意図的に非同期状態に戻すにはどうしたらいいか。強制同期の過程で削られ、振り回され、失調する心身を、芸術はいかにラディカルな方法でケアすることができるのか。今回のシアターコモンズではこうした問いのもと、パンデミックの強制同期をすり抜け、それぞれの戦略のもと「非同期することばたち」を編み上げ続けているアーティストとその作品を媒介に、この終わりなき困難な時代と向き合いたい。

© Frederic Duval

強制同期をすり抜ける、非同期的ドラマトゥルギー

ともに中東アラブ世界出身で、ベルリンを拠点に活動するモニラ・アルカディリとラエド・ヤシンは、エンドレスな待機状態における「宙吊りの感覚」を、不気味なロボット人形劇ともいえる演劇的インスタレーションで体現する。彼ら自身と飼い猫の頭部を模した3体のロボットは、長期間にわたり隔離空間で過ごしたコロナ禍の錯乱を、断片的かつ詩的に語り出す。この「宙吊りの狂気」は、今なお現在進行形でパンデミックに振り回され続ける私たちにいかなる撹乱作用をもたらすだろうか。ジェンダーをめぐる問いを深めながらアクションを続けるキュンチョメは、これまで男性たちによって書き記されてきた「世界の終焉」という大きな物語に対し、コロナ禍に関係なくサバイバルを強いられてきた女性たちのナラティブを『女たちの黙示録』として編み直す。その語りは、予想外の方法で私たち観客の身体へと侵入し、未来の時間まで潜伏することになるはずだ。シアターコモンズ’21に続き東京・港区エリアという、過剰でつかみどころのない都市空間と対峙する佐藤朋子は今回、1957年に岡本太郎が書いた都市論「オバケ東京」を縦軸に、現在の東京を飛び回るカラスの視点を横軸に、自らの身体と声を媒介としたフィクション/レクチャーパフォーマンスを出現させることになる。

2年前のシアターコモンズ’20ではリーディング・パフォーマンスの戯曲として紹介し、その後2021年にスイス・チューリヒのノイマルクト劇場との共同制作によって実現した市原佐都子初の海外作品『Madama Butterfly』は、オミクロン株の急速な感染拡大の影響であえなく中止となってしまった。だが、共同招聘を計画していたロームシアター京都の協力のもと、同劇場が制作した『妖精の問題 デラックス』を、急遽シアターコモンズでも上演することになった。この作品は市原の20代の代表作であり、優生思想やルッキズムの根幹にある差別や偏見を、誰にも内在しうる葛藤として引き受けながら、あらゆる生を肯定し乗り越えようとするパワフルな音楽劇だ。ゴキブリや細菌といった生命にも戯画的かつ露悪的なまでに声を与えることで人間中心的な視点を破壊する市原の筆力が、今回新たに参加するパフォーマーたちの声によってどのように乱反射するのだろうか。

これらのアーティストたちがコロナ禍の「宙吊りの時間」をサバイブしながら編み上げた言葉は、男性と女性、人間と動物、人工と自然、内側と外側、正義と悪といった単純な二項対立を撹乱し、人間中心的な視座から編まれてきた物語や歴史に水を差すものだ。すべての差異や個別性を奪うコロナ全体主義の強制同期システムに回収されない戦略として、こうした非同期的ドラマトゥルギーがいかに生成されるのか、コモンズ・フォーラムにおいて横断的な議論も展開したい。

また今回のシアターコモンズでは、2つの中期的なリサーチに基づくプロジェクトを始動させる。オランダを拠点に領域横断的な創作を行うボーハールト/ファン・デル・スホートは、「Incubation」をテーマに、古代文明から現代のTikTok上のユースカルチャーに至るまで、古今東西のヒーリング実践をフェミニズムの地点から読み解き直す膨大なリサーチを展開する。さらには日本・アジアからのインプットや対話を通じて、パンデミック時代の治癒儀礼演劇の可能性を提示することになるだろう。マルチメディア・テクノロジーを活用し新たな映像表現を開拓する台湾の新世代アーティスト、シュウ・ツェユーは、彼が創作のモチーフとして取り組んでいる、動物と人間の関係性、個人と共同体におけるメディアと記憶の関係性をめぐるリサーチを始動させる。他所の人間だけでなく動物をも飼い慣らしてきた近代/コロニアリズムの歴史を経由しつつ、人間中心主義をずらす創作に向けた旅路が始まる。これらのプロジェクトは筆者がプログラム・ディレクターを努めることになった世界演劇祭 テアター・デア・ヴェルト2023(2023年6月末〜7月上旬にドイツのフランクフルト市およびオッフェンバッハ市で開催予定)でのアウトプットを目標に、シアターコモンズ’21「Bodies in Incubation 孵化/潜伏するからだ」から続く問いをさまざまに変奏しながら、パンデミック時代の芸術的応答として温めていくことになる。

さらに今回はじめて、アート、教育、医療、福祉をつなぐプラットフォームReframe Labとともに「名もなきあそび」を生み出すワークショップを共同開発する。自らの身体が変容・変身する物語の力や、それを遊びとして組み立て共有する楽しさなどを引き出し、内なる抽象世界を互いに受け止め合う。このプロセスはまさに、「変身」という演劇の原初的な知を活用した遊びであり、演劇のコモンズ(共有知)の活用として今後さらなる展開が期待される。

「待機の時間」の中で

2年を超えて続くコロナ禍。過去から未来に向かって線的に進むと考えられていた時間が、気がつけば何度も振り出しに戻って円環を描く。こうして2年以上、私たちは幾度となく延期され、未達のまま先延ばしされる未来を待ち続ける「宙吊りの時間」を生きている。この文章を書いている2021年末から2022年始にかけても、一度動き出した海外と日本との往来は、オミクロン株の拡大による外国人入国停止措置によって、コロナ初期の2年前に逆戻りしてしまった。その結果、招聘を予定していた市原佐都子(Q)とノイマルクト劇場共同制作作品『Madama Butterfly』と、中国の振付家ウェン・ホイによる『I am 60』を、急遽12月上旬の段階で中止せざるを得ない状況となった。また来日を予定していたボーハールト/ファン・デル・スホート、およびシュウ・ツェユーも、リサーチ過程も含めすべてオンラインに切り替えざるを得ない事態となった。ここに記載しておかなければ「なかったこと」として消えていってしまう未遂の企画たちが、今後もどんどん積もり重なっていく状況を、今はただ受け止めるしかない。

私たちはいまだに「待機の時間」のループの中にいるのか。いやそれとも、もともと時間はこのように直進せずに円環を繰り返すものだったのだろうか。それすらもわからなくなっていくほど、いまだ時計は狂ったまま、世界中を強制同期し続ける。今はただ、その強制力をすり抜けながらサバイブする術を、演劇的な知と思考によって模索するしかない。シアターコモンズは、この困難な時代を生き抜く芸術の実践の場として、仮設的に東京に出現するコモンズ=共有地である。今回も過去2回に続きコロナ禍中での開催となるが、リアルとリモート、それぞれに可能な形でご参加いただければ幸いである。

相馬千秋(そうま・ちあき)

シアターコモンズ実行委員長兼ディレクター(2017–現在)。NPO法人芸術公社代表理事。アートプロデューサー。演劇、現代美術、社会関与型アート、VR/ARテクノロジーを用いたメディアアートなど、領域横断的な同時代芸術のキュレーション、プロデュースを専門としている。フェスティバル/トーキョー初代プログラム・ディレクター(2009–2013)、あいちトリエンナーレ2019および国際芸術祭あいち2022パフォーミングアーツ部門キュレーター。2015年フランス共和国芸術文化勲章シュヴァリエ受章、2021年芸術選奨(芸術振興部門・新人賞)受賞。2021年より東京藝術大学大学院美術研究科准教授。2023年にドイツで開催される世界演劇祭テアター・デア・ヴェルト2023のプログラム・ディレクターに就任。

©Yurika Kawano