芸術史ラボ|第3回レポート
2018.10.1
9月18日にシアターコモンズ・ラボ「芸術史ラボ」の第3回が行われました。
今回の講師は、演劇ユニットPort Bを主宰し、ツアー・パフォーマンスなど演劇の新しい形態を開拓し続けている高山明さんです。「ブレヒト、ワーグナー、古代ギリシャ演劇-西洋演劇史を遡行する」をテーマに高山さんの視点から演劇史を遡るとともに、受講者に対しても表現追求のヒントが提示される濃密な講義となりました。
レクチャー前半は、高山さんの制作活動とその表現について、「自分史」と「演劇史」とを切り結んでいくご自身の経験をお話しいただきました。
高山さんはドイツ留学中にピーター・ブルック演出の演劇作品を観た際に体験した、舞台上の出来事よりむしろ自分の身体に意識が集中していく感覚に衝撃を受け、演劇の世界に入ります。そしてその後似たような身体感覚を再び体験したことで、「自分にとって演劇とは、身体の知覚をする観客の需要体験(=舞台上ではなく客席)なのではないか」という、自身の追求する演劇の原点にたどり着きます。
高山さんは、表現を作る際にはまず自分史を掘り下げ、それを演劇史に紐付け相対的に捉え直していくことが重要だと語ります。
レクチャーでも、高山さんの「演劇=客席」という自分史的演劇論が一般的演劇史と照らし合わされます。まず起点としてギリシャ時代の劇場ではテアトロン(シアターの語源=劇場)は観客席を指していたということが示され、続いてワーグナー、ブレヒトという演劇史における重要な人物がそれぞれ「客席・観客」をどのようにオーガナイズしようとしてきたのか(ワーグナーは観客の没入と同化を誘導し、対してブレヒトは観客に批評と異化の姿勢を求めた、というように)が提示されました。
そして、この自分史と演劇史とが交差する場として高山さんが制作した「ワーグナー・プロジェクト」へとさらに話は展開します。ワーグナー・プロジェクトは、ワーグナーによる歌合戦オペラ「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を高山さんの視点から現代に読み換えて上演された作品です。原作のオペラはラップに、広場はその裏であるストリートに置き換えられ、出演者であるラッパーを選ぶオーディション、数日間のワークショップを経て、最終日に成果発表として歌合戦がなされるという、台本も稽古もない9日間に渡る「上演」。その上演を観る「観客」も日々変化するその場に居合わせ、ワークショップも含め出演者と一緒に体験するという場でした。それは、没入と同化を誘導するワーグナー作品を、批評と異化を志向するブレヒト的に解体し、ギリシャ時代に遡る演劇・劇場のあり方を問いなおすという試みであり、ここまで話されてきた自分史と演劇史の要素が全て取り込まれた制作となっていることが鮮やかに示されました。
レクチャー後半は「ギリシャ悲劇を現代において上演する」という、高山さんが現在制作中の演劇テーマについてお話しいただきました。さらにその後、事前課題として受講者それぞれが考えたギリシャ悲劇の演出プランに対し、高山さんから一つ一つコメントとアドバイスをいただくという貴重な時間も設けられました。
高山さんという一人のアーティストの目を通して演劇史を概観し、それが実際の制作へ結びつけられる過程を辿るという今回の講義は、単純な「歴史を学ぶ」を超えたとても刺激的な時間となりました。
(インターン・山里真紀子)